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テキストサイト ネットを薄める普通の人たち

 

テキストサイトの流行

 

 
2000年代初頭のネットでテキストサイトがブームになった。
絵を描けず、曲も作れず、詳しく語れる分野も無いが、それでも目立ちたいというワガママな人たちが、
誰もが使える文字だけを武器にして、続々とテキストサイトを開設した。
何のとりえも無い人には当然文才も無いのだが、無教養な人は井の中の蛙だから、
自分の個性や才能を信じて表に出てきてしまうのだ。
 
テキストサイトは、自分のことを変わり者だと思っている普通の人たちが、平凡な下ネタや自虐ネタ、
マイノリティ自慢を書き綴るだけの低級なジャンルだった。しかしながら、凡人のセンスゆえの大衆性と、
大容量のデータを扱いづらかった時代背景のおかげで、テキストサイトは大勢の目に触れることになった。
侍魂ろじぱら斬鉄剣、じーらぼ、僕の見た秩序―――
つまらない人たちのつまらないサイトが、面白いサイトとして持て囃されるようになった。
 

テキストサイトが廃れた理由

 
【今更】あれだけ流行ったテキストサイトが何故廃れたのか考えてみる【考察】
 
上の記事で、テキストサイト衰退の理由として、ネットバトル疲れや、馴れ合いに対する批判、
mixiへの引越し等によって、コミュニティ機能が失われたせいだと語られているが、私は違うと思う。
 
テキストサイトが衰退したのは、ネットがより普及して、技術も進歩して、中身のあるコンテンツが
増えたおかげで、テキストサイトのような凡才芸が通用しづらくなったからだ。
近年は動画を中心に面白いコンテンツがあふれているし、創作系のコミュニティもたくさんある。
テキスト界隈を見ても、多くの専門家やインテリが日々面白い文章を書き、炎上や喧嘩を繰り広げているし、
Twitterやニュースサイト、まとめサイトで面白いネタがどんどん発掘されている。
凡人が陳腐なユーモアを得意気に披露するテキストサイトなど、もうお呼びじゃないのだ。
 
他に気になった箇所。

そもそもテキストサイト、と一口に言っても、作るには若干の参入障壁がありました。
今でこそWEBで日記を書くにはブログでアカウントさえ取れば終了、なんてお手軽な時代になりましたが、
当時はhtmlの構造をある程度理解して、タグを打てないとテキストサイトを作る事さえ出来なかったのです。

私は2000年初めにMIDIサイトを開設したが、ホタルというホームページ作成ソフトを使っていた。
当時はhtmlの構造などほとんど知らなかったし、タグも打った記憶が無い。
テキストサイトにしても、html手打ちでサイトを作っていた人がそんなに多かったとは思えない。
ホームページビルダーは昔から有名だし、無料のホームページ作成ツールも古くからあった。
 

しかし、その一方でそういった参入障壁がある事で、ある程度の情熱だったり自信だったり、
そういうものがある人しかテキストサイトに手を出さなかったのです。
これがテキストサイト界隈の「質」を保つのに一定の役割を果たしていたと思います。

侍魂が流行っていたころ、侍魂を真似た三日坊主のテキストサイトがいくつもできていた。
その程度の文化だった。空っぽな人が、空っぽのままで即日始められるのがテキストサイトだ。
そんな界隈に「質」など無い。
 

侍魂

 


 
かつてテキストサイトのブームを牽引した大手サイトの一つが侍魂だった。
管理人の健氏は、アフロのヅラに象徴されるように、コンパや忘年会で張り切って
盛り上げ役をやっていそうな、世にありふれたお調子者だった。
彼の文芸は全く平凡だったが、見る目が無い人たちに受けて人気サイトになった。
 
侍魂が人気だったころ、ネットランナーという雑誌で好きなサイトの読者アンケートをしたら、
一位が2ちゃんねる、二位が侍魂という結果になった。それを受けての編集部コメント曰く
「うちの読者、すげーマニアック!」
馬鹿らしいが、これがテキストサイトやそれを楽しんでいる人たちの感覚なのだろう。
一大マジョリティを築いている“マニアック”な人たち――― 
 

現在の健氏

 
侍魂に吉野家......一世風靡したテキストサイト管理人の今を調べた
 
侍魂の健氏が久しぶりにネットに登場した。現在は結婚して子供もいるとのこと。
 

子育てが、めちゃくちゃおもしろくて楽しくて。異常に難度が高くて中毒性がある
育成シミュレーションゲームですよ。しかも課金に上限がないという恐ろしい仕様です(笑)

例えばこのところ英会話に課金してるけど、まったくステータスが伸びないんですよ。
うちの子だけ教室で『先生こんにちは!』って日本語であいさつしちゃって。
教室で走り回っちゃってクラスで元気は一番だねって先生に苦笑いされて。
英会話に課金したら走力が伸びるとか難しすぎるだろ! って思いますよ

平凡な若者が、やっぱり平凡なおっさんになっていて、相変わらず平凡なジョークを言っている。
とは言え、文才についての思い上がりを自覚させられる経験もしたそうで、その点は本当に良かったと思う。
 
軽薄そのものだった健氏も、今は語るに足る人生経験をたくさん持っているのだろう。
ただ、もし健氏が仕事や子育ての経験を綴るサイトを始めたとしても、やっぱりつまらないと思う。
あのローブローな文芸が、実体験の面白さを台無しにしてしまうからだ。
健氏は笑いの才能の無さを認めて文芸をあきらめ、事実のみを簡潔に書くようにしたほうがいい。
 

昔に比べると、薄くなった印象がありますね。昔は発信する人と見る人が分かれていたけど、
今はみんな発信する人ですよね。そりゃ薄まりますよ。
パスタ食べたぁ(ハートマーク)みたいななかからおもしろい人探すわけですから。

違う。健氏はネットを薄めていた側の人だ。
テキストサイトは、薄い人たちが集まって盛り上がるニワカ文化の最たるものだった。
 
侍魂が流行っていたころ、ひねくれ者や年季の入ったオタクが多かった初期の自アンでは、
健氏は、芸人の受け売りで笑いをとる学校のリア充や、「重いコンダラ」「1億ターブ」あたりのネタを
面白がっている三谷幸喜ファンと同類の「ザ・一般人」として、時おりネタにされていた。
私も侍魂をネタにしていた一人で、侍魂のファンになりすまして侍魂を褒めちぎる箱を作ったり、
侍魂の文体を真似たネタ箱を作ったりして、アンチ侍魂のレスを誘って遊んでいた。
自アンでネタ文章を書いているような人たちにとって、侍魂はそういう存在だった。
 
「昔のネットは濃かった」論には同意できない。
遅くとも2001年の時点で、ネットにはテキストサイトやそれを面白がる人たちがあふれていたし、
彼らは明らかにマジョリティの側だった。ネットは当時から豊かで刺激的なものだったが、
それでも現在に比べれば、テキストサイトが目立ってしまうぐらい層が薄かったのだ。
 

テキストサイトの現状

 
ネットが発達した今、テキストサイト界隈はすっかり存在感を失っている。
無能者同士の競争でも、顔出ししてリアルで暴れているニコ生主らにまったく対抗できていない。
中身が全くない文化だったから、復興の可能性も無いだろう。
 
私にとって、面白いテキストサイトというのは白いカラスのようなものだ。
そんなものはどこにも存在しないし、そもそも面白い人はテキストサイトなどやらない。
面白い文芸は、常にテキストサイト界隈から遠く離れた場所で生まれている。