読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

駄目な歌詞:ミスチルと秋元康

※歌詞を全文掲載していたのを訂正しました。 


 


 
言葉のセンスが無い人は“正しい日本語”から離れることができず、説明的な作文を書いてしまう。
メッセージが一義的な表現で一から十まで説明されているため、受け手が解釈を試みる余地が無い。
どちらも下手な歌詞だと思うが、ミスチルのほうは切実な本音を綴っている誠実さが感じられるので、
悪く言うのは野暮かもしれない。酷いのは、ひたすら空疎な秋元康だろう。
 
秋元康については、『ヘビーローテーション』の「ポップコーンが弾けるように好きという文字が踊る」
というフレーズに、彼の歌詞の特徴がよく表れていると思う。
まず、直喩の多用や「が弾ける」「という文字」のように、表現がやたら説明的で言葉の省略が無い。
ここまで言葉を費やして明示的に語るなら、もはや比喩を用いる意味が無いと思うのだが……。
また、表現に意外性や固有性が無い。ポップコーン→弾けるというのはごくありきたりな連想だから、
何の引っかかりも無く読み流されてしまい、まったく印象に残らない。
独創的な表現でハッとさせるところに比喩の面白さがあるのに、アマチュアの秋元にはそれがわからない。
そして肝心なのが、表現がひたすら観念的である点だ。
ヘビーローテーション』は“僕”が思いの丈を綴る歌詞だが、「好きという文字が躍る」という現象は、
まるで漫画描写や文字エフェクトのようであり、生身の人間の目に浮かぶ光景には見えない。
人や風景や物語を実感豊かに表現する力が、秋元には決定的に欠けているのだ。
説明的で類型的で観念的。これが秋元の歌詞に共通する特徴である。
 
 
ミスチル秋元康の歌詞を称賛している人をネットで多く見かける。
メッセージを直截な言葉でしか伝えられない歌詞や、紋切り型の美辞麗句を並べただけの歌詞が、
それゆえに多くの人の心に響いてしまうという残念な現実がある。
大衆は、ぼんやり何かを感じるだけでは納得できず、単純明快な答えを求めてしまう。
 
 

発想コンテスト>メッセージの共感性

 
気になったブコメをピックアップ。
 

moodanp
歌詞の内容そのものより「言い回し」にこだわって論評して優越感に浸るようなレベルは
高校生の時に卒業しちゃったな。askaの歌詞は言い回しは面白いけど内容自体はつまらない。

成長に伴って“言い回し”の論評から卒業したそうだが、同意できない。
 
たとえば、ミスチル『HERO』の歌詞よりも、ASKAの「誰が犯人かぐらい 二週先まで読んでる」
というフレーズのほうが、より高度な創作だと思う。
本音を打ち明けて情に訴える歌詞よりも、発想力が問われる“言い回し”を作るほうが難しいからだ。
“言い回し”を扱う論評もまた、解釈や語る切り口が難しく、むしろ大人向けなのだ。
 

ghostbass
水曜日の午前五時、夜が明けるころ・寝室のドアを静かに閉め、彼女が何を望んでいたか
置手紙に書いて<かなり説明的だがめちゃ好き/叙述的表現て言葉があってな。

叙事的表現ぐらい知ってるし、それが駄目だとは言ってない。
ミスチル秋元康はレトリックに積極的で、私はそのレトリックが稚拙だと言っている。