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買いかぶられる秋元康

音楽

秋元康の本気


『軽蔑していた愛情』は、女子生徒の自殺について書かれた歌詞。
深刻な内容だから、秋元康もそれなりの姿勢で言葉を選んで作詞しているはずだが、
その歌詞の感触は、ヘビロテや恋チュンのような能天気な歌詞となんら変わらない。
全体を通して表現があまりに平凡で説明的。まるでプロットのような無機質な歌詞だ。
 
秋元康の歌詞の薄っぺらさを批判したときによくある反論が、
「彼は市場のニーズに合わせるため、あえて平凡な表現を選んで作詞している」というもの。
だが、それはさすがに秋元を買いかぶりすぎではないだろうか。
 
商売のためにあえて平凡な歌詞を書くというのは、非凡な作詞力を持っている人だけが
選ぶことのできる手段であり、平凡な歌詞しか書いたことがない秋元に当てはまるものではない。
『軽蔑した愛情』の歌詞を見れば分かるように、彼は本気で頑張ってもこのレベルであり、
そんな人が「あえて平凡な表現を使って歌詞を書いている」と言ったとしても説得力が無い。
 

凡人のコスト自慢

http://blog.livedoor.jp/shitureisimasu/archives/1016328280.html
 
いいデモ曲と出逢えるのをひたすら待つ。何十枚ものCD-Rを聴きまくる。
楽しい時間でもあり、つらく長い時間でもある。
何かをしながら聴けたらいいんだけど、真剣勝負だからね。
その中に、「ヘビーローテーション」や「桜の木になろう」や「恋するフォーチュンクッキー」や
君の名は希望」や「何度目の青空か」の元となるデモがある。
それをアレンジャーに「こんな感じで」でイメージを伝える。
上がって来たものを何度か直してから、メロディーに合わせて歌詞を書き、仮歌を入れる。
文字で書く歌詞と耳で聴く歌詞は違うので、あれこれ直す。納得するまで直す。
そこで、現場のスタッフの意見を聞きながら選抜を決める。
曲のイメージとか、タイアップのコマーシャルの意向とか。
それから、メンバーのレコーディングが始まる。レコーディングしたものを聴き、また、直す。
仮歌と本人たちの歌では、また、ニュアンスが違うからだ。ミックスをする。
それを聴きながら、あれこれ、意見を言って、マスタリング。道のりは長い。
 
1枚のCD-Rには25曲くらいのデモ曲が入っている。それが、だいたい10枚くらい届く。
つまり、1回に250曲。それを何回か繰り返す。ディスコ曲、フレンチポップス、
僕が方向性を決めて作曲家のみなさんに発注する場合もあれば、テーマがない時もある。
AKB用、SKE用、NMB用、HKT用、乃木坂用で集めるが、これはこっち、これはこっちで使おうとやりくりもする。
 
表題曲、カップリング、公演曲、振り分ける。
 
みるきーの曲は、他に候補もありましたが、直前に替えました。
 
希望的リフレイン」は半年以上前にヨシマサから送られて来ていて、
表題曲にするタイミングを考えてキープしていました。
 
次の乃木坂46もキープしていた曲です。
 
いい曲のストックがいつもあるといいんですが…。

 
いくらコストをかけようが、元の実力が無ければ良い歌詞は出来ない。