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雑記ブロガー問題

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雑記ブロガー

イケダハヤト氏が今後コンテンツを有料化していくそうだが、
それに対して多くのはてなブロガーが言及し、ホットエントリが続出した。
 
イケダ氏を批判しているブロガーたちのブログの内容を見てみると、
仕事や子育てや人間関係の体験談、炎上案件への言及、ライフハックにマネーハック、
ブログ論にブログ術、テレビの感想、ガジェットレビューなどで大部分が占められている。
イケダ氏を含むこの手のブロガーのことを、私は雑記ブロガーと呼んでいる。
(他にも価値観ブロガー、オピニオンブロガー、サードブロガーといった呼び方がある)
 
一方で、絵や音楽などの創作をしていたり、生物や歴史、哲学などの専門分野を
持つブロガーたちがイケダ氏を攻撃しているのを、あまり見たことが無い。
イケダ氏に絡んでいる人の多くは、イケダ氏と同じ雑記ブロガーたちだ。
同じジャンルにいるからこそ、イケダ氏のことが気になって仕方が無いのだろう。
 
ちなみに、誰もが徒手空拳のままで始められるのが雑記ブログであり、
それは創作者や専門家、教養人の文章に比べて、知的刺激の面で劣っている傾向がある。
だが、生き方や時事問題などの話題は一般性が高く、多くの人の興味を引くので、
はてなは雑記ブロガーばかりが人気を競い合う状況になっている。
 

面白さと文才


このエントリがきっかけで、フミコフミオ氏のブログを読んでみた。
サラリーマンの体験談は面白かったが、文才があるとは思えない。
性癖による痛い人アピールや、「この記事は○分で書かれた」といったユーモアのセンスは、
かつてのテキストサイト虚構新聞あたりを思い出させる平凡なものだ。
 
イケダ氏のブログも読んでみたが、高知暮らしの体験記が良かった。
私は虫や魚が好きで、よく野山に生物の観察に出かけているので、
イケダ氏が写真付きで語る田舎の風景や生活、食べ物の紹介は見応えがあった。
簡素な筆致に物足りなさを感じなくもないが、こういう語り過ぎない文章のほうが、
写真の魅力や情報量を生かせるのかもしれない。
 
フミコ氏とイケダ氏の文才に差は無い。雑記ブロガーに優劣は無い。
どちらも体験談は面白いが、文才は感じられず、目利きの含蓄も見当たらない。
職業の裏話などの体験談はたいてい面白いので、人並みの作文能力があれば
面白いエントリにできる。それはネタの手柄であり、手間のなせるわざであり、
書き手の文才の証明にはならない。
 

誰も語らなければイケダ氏は消える


こうした出来事があったせいか、一時期はてなでイケダ氏を見かける機会が減った。
それにも関わらず、近頃は再びイケダ氏の存在感が増しているように思う。
売名目的のアフィブロガーや、安全に叩ける相手が欲しいベビーフェイスな人気ブロガーなど、
雑記ブロガーらがこぞってイケダ氏を叩き、彼を延命させている。
 
イケダ氏に消えてほしいなら、今後一切彼に言及しないのが最も有効な手段だろう。
イケダ氏を批判したいなら、まず創作者や専門家になって雑記ブロガーを卒業すべきだ。
「価値観しか売りがないブロガーはつまらない」という真理がイケハヤ問題の本質だが、
それは他の雑記ブロガーにも当てはまるわけで、同類がイケダ氏を批判しても説得力が無い。
 
 

追記:井の中の蛙問題


・文章の密度を上げるためや馬鹿な読み手を振るい落とすために説明を省く。
・文章の圧力を出すためや論旨をより見えやすくするために、あえて大げさに書く。
・読み手の興味を引くために、あえて攻撃的な言葉を使う。
これらは評論におけるごく一般的なテクニックであり、決して悪いことではない。
目利きの含蓄や優れた見識を語れる人なら、炎上を狙った書き方をしてもいいのだ。
 
もちろん、質の低い書き手が名を売り、生き残ろうとする様は見苦しい。
ただ、フミコ氏がその点で質の低い書き手を批判するのは筋が悪いと思う。
フミコ氏はイケダハヤト氏やエアロビ女子大生を自分と区別しているようだが、
私にとっては全員同じ存在にしか見えないからだ。
 
絵を描けず、曲も作れず、深く語れる専門分野も無い。
そのくせ目立ちたがり屋な人が、実体験や価値観を売りにしてブログを立ち上げる。
加えて、貧乏自慢や鬱自慢、性癖自慢によって、変わり者やマイノリティを演出する。
十年一日、凡人の世界で繰り広げられていることだ。
実体験の話は面白いが、創作者や専門家や批評家の言論ほどの知的刺激は無く、
あくまでそれなりの面白さでしかない。雑記ブロガーの間に区別するほどの優劣は無い。
 
フミコ氏の面白さは、イケダ氏やエアロビ女子大生と同じ。
3000を超えるブログの読者数を見て、自身の文章の安易さや大衆性を省みてはどうか。
 
面白さとは知的刺激であり、それは目利きの含蓄であり、大衆性の反対側にある。
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みんなホットエントリから遠く離れたところで面白い文章を書いている。