意識高い系ってこいつらのことだろwww

はてなで叩かれる「意識高い系」


オピニオンブロガーや互助会ブロガーの中にいる通称「意識高い系」の人々が叩かれているが、
彼らが叩かれている理由を見ると、実はコンビニ店長やよっぴー氏も「意識高い系」に
当てはまるのではないかと思った。
 

その1:コンビニ店長

かつて、俺たちはインターネットだった - G.A.W.
あの、敵がなんなのかわかんないけどとにかく戦ってる雰囲気っていうのは、
ある時代にネットで文章書いてた人に共通のもので、かくいう俺自身がわりとそのタイプです。
「おまえの敵はどこにいる?」と聞かれたら、ものすごい勢いでシャドーボクシングしながら
「俺だ! 俺が敵を作った!!!」とか眦を決して答えるタイプの人。
それは楽しいのか。いや、なんかこう、楽しいとか楽しくないとかじゃなく、なんかいるんすよ。敵。
 
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なにが「俺たちの」インターネットを破壊したのかっていったら、そりゃ人数ですわね。
ふつうの人たちが増えたっていう。「俺たちの」インターネットっていびつ極まりないもので、
異形の人たちが奏でるあたまおかしい音楽を、それを求める人たちが必死で追いかけてたような、
そんな時代があったわけです。真性さんマジキチ扱いされてるよ。なに言ってるかわかんないらしい。
絶望的な社会不適格者が社会とのあいだで起こす軋轢のぎぃぎぃという音。
それが聞こえない人たちがいっぱいいるらしいよ。びっくりだね。インターネットは変わった。

「ふつうの人たち」と自分を区別するコンビニ店長。
実際、彼はよく自分の文章哲学を語り、自分がいかにマイノリティであるかをアピールしていた。
「異形の人たちが奏でるあたまおかしい音楽」「絶望的な社会不適格者」等々、
インターネットや真性引き篭もり氏を過剰に偶像化する浅はかな書きぶりが恥ずかしい。
  

長いです。 ついさっき、イケダハヤトって人について書いた記事を読んでた..
ついさっき、イケダハヤトって人について書いた記事を読んでたんすけどね。
あ、俺も昔ちょっとブログやってたことある人なんですけど。
あれつくづく俺と対極にいる人なんだなあと思いました。

文章に対する熱意を長々と語りながら、イケダハヤト氏のそれを否定するコンビニ店長。
なぜこんな傲慢なことを書けるのだろうか。
 

その2:よっぴー(と侍魂

オレイズム 初めに。
とりあえず書いたものをズラっと並べておきますので、
面白いとでも思ったらお気に入りにでもぶち込んでおいて下さい。
「今日のランチはパスタです♪」
みたいなふぬけた写真日記は一切御座いませんのであしからず。

侍魂に吉野家......一世風靡したテキストサイト管理人の今を調べた - Yahoo!検索ガイド - Yahoo! JAPAN
健さん「昔に比べると、薄くなった印象がありますね。昔は発信する人と見る人が
分かれていたけど、今はみんな発信する人ですよね。そりゃ薄まりますよ。
パスタ食べたぁ(ハートマーク)みたいななかからおもしろい人探すわけですから。

ネット歴15年の僕がインターネット自分史を書いた ヨッピーの場合 - ヨッピーのブログ
それまでのネットと言えば何事にもこだわる、マニアックで専門的で少し気難しいオタク層が
主流を占めていた記憶があるのですが、インターネットの普及によってなだれ込んできた
「一般人」がすごい勢いで幅をきかせはじめた。
 
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それまでは文章をコネてコネてコネくりまわして「日記」に仕立て上げていたテキストサイト
育ちの僕からすると、「今日はランチで○○を食べました♪」なんていうプレーンな、
毒にも薬にもならない文章がアップされ続けるブログやmixiといった文化に
「これがコンテンツとして成立するのか……!」と衝撃を受けた事を覚えている。

三つ目、よっぴー氏のブログのエントリで何度か使われている「一般人」という言葉。
はてなの人々はこれを「パソコンやインターネットに興味の無い人々」ぐらいの意味で
受け取っていたが、私は違うと思う。
よっぴー氏がテキストサイトに関する話の中で「一般人」という言葉を用いた場合、
そこには「(俺と違って)文才や笑いのセンスが無い人々」という含意が確実にある。
 
一つ思うのだが、コンビニ店長の言う「ふつうの人たち」やよっぴー氏が言う「一般人」こそが、
コンビニ店長やよっぴー氏の文章を面白がり、人気を支えていた人たちではないだろうか。
二人とも極々カジュアルな書き手であり、専門家や濃いオタクが彼らを評価するとは思えないのだが。
 

自分が見えない人たち


コンビニ店長はイケダ氏を、よっぴー氏はmixiユーザーやカジュアルブロガーを、
文章に対する互いの熱意の差を指摘しながら批判している。
意識高い系な人の特徴に、「自分の意識の高さを誇り、周囲の人々を馬鹿にする」というのが
あるらしいが、コンビニ店長やよっぴー氏がやっていることが、まさにそうではないか。
 
ちなみに、比較は全く悪いことではない。
良いものの良いところ、駄目なものの駄目なところを並べて論じることによって、
双方の特徴をより可視化することができる。比較は批評におけるごく一般的な手法であり、
それを知らないということは、批評ができないということ。
批評ができない人は、敵の急所(本質)を見抜くこともできない。