インターネットはどんどん豊かになっていくという当たり前の話

「昔は良かった」と言う人たち

かつて、俺たちはインターネットだった - G.A.W.
なにが「俺たちの」インターネットを破壊したのかっていったら、そりゃ人数ですわね。
ふつうの人たちが増えたっていう。「俺たちの」インターネットっていびつ極まりないもので、
異形の人たちが奏でるあたまおかしい音楽を、それを求める人たちが必死で追いかけてたような、
そんな時代があったわけです。真性さんマジキチ扱いされてるよ。なに言ってるかわかんないらしい。
絶望的な社会不適格者が社会とのあいだで起こす軋轢のぎぃぎぃという音。
それが聞こえない人たちがいっぱいいるらしいよ。びっくりだね。インターネットは変わった。

侍魂に吉野家......一世風靡したテキストサイト管理人の今を調べた - Yahoo!検索ガイド - Yahoo! JAPAN
健さん「昔に比べると、薄くなった印象がありますね。昔は発信する人と見る人が
分かれていたけど、今はみんな発信する人ですよね。そりゃ薄まりますよ。
パスタ食べたぁ(ハートマーク)みたいななかからおもしろい人探すわけですから。

ネット歴15年の僕がインターネット自分史を書いた ヨッピーの場合 - ヨッピーのブログ
それまでのネットと言えば何事にもこだわる、マニアックで専門的で少し気難しいオタク層が
主流を占めていた記憶があるのですが、インターネットの普及によってなだれ込んできた
「一般人」がすごい勢いで幅をきかせはじめた。
 
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それまでは文章をコネてコネてコネくりまわして「日記」に仕立て上げていたテキストサイト
育ちの僕からすると、「今日はランチで○○を食べました♪」なんていうプレーンな、
毒にも薬にもならない文章がアップされ続けるブログやmixiといった文化に
「これがコンテンツとして成立するのか……!」と衝撃を受けた事を覚えている。

 
エロゲや幼女が好きなだけで日陰者を気取れる自意識過剰な浅いオタク。
クラスのお調子者やコンパ芸人、宴会部長、自称お笑い系のサッカー選手あたりと並ぶ、
ごくありふれた笑いのセンスの持ち主。
創作者にも専門家にもなれず、本も読まない彼らは、それゆえに自分の程度が分からない。
人気が出れば思い上がり、「ふつうの人」「一般人」などと言って自分と他人を区別し始める。
テキストサイトは昔も今もネットの浅瀬でうぬぼれ続けている。
 
テキストサイトの連中が口を揃えて言う「一般人が大量流入してネットは薄まった」論だが、
これは果たして事実なのだろうか。
ネットは自分を映し出す鏡であり、ユーザーは自分が見たいものを探して見ているわけだが、
ネットが薄まったと主張する彼らの観測範囲はどうなっているのだろうか。
自分に中身が無いから、中身のあるコンテンツに出会えないだけではないだろうか。
 
そもそも、何のとりえもない人が徒手空拳のままでその日のうちに始められるのが
テキストサイトであり、その界隈は元々凡人ばかりが集まる薄い場所だ。
テキストサイトの連中こそが00年代初期にネットを薄め、レベルを下げていたのだ。
コンビニ店長や健氏やよっぴー氏と、ランチの報告をする女性ブロガーは全く同じ存在であり、
仲間が増えたことを彼らが嘆く意味が分からない。
 

テキストサイトはすでに復活している


現在、テキストサイト気質な人々が、はてなで価値観ブロガーをやっている。
価値観ブロガーなので面白さもそれなりだが、空っぽな大学生がトップに立っていた
テキストサイトの時代に比べれば、質量ともに向上しているように見える。
また、はてブのおかげで相互リンクの時代よりもサイトや記事を見つけやすくなっている。
ネタ文章については、なろうやカクヨムのような小説SNSで探せば出てきそうだし、
増田やboketeなど、閲覧者が多い発表の場もある。
(そもそも面白い文芸に出会いたければ、ネットよりも本を読んだほうがいいのだが……)
 
テキストサイトは昔に比べて数が増え、質も上がり、より探しやすい形で存在している。
「昔は良かった」と嘆く人はただ怠慢なだけだ。
 

私から見たネットの変遷

 
・淡水生物(主に日本の魚、水生昆虫、両性・爬虫類、水草など)
90年代末期~00年代前半
現在に比べて個人サイトが少なく、新しいサイトにもなかなか出会えなかった。
生物の名前で検索して、大学や行政の研究資料が出てくることがよくあった。
研究資料は難しくて読めない箇所が多いが、生物の生息場所のヒントを得られることもあった。
00年代後半~現在
ブログの登場により、個人の生物サイトが格段に増えた。
現在は、大学の研究者から在野の愛好家まで、たくさんのブログを読むことができる。
高画質の写真をたくさん見れるし、ブログならではの日記の臨場感や現役感が楽しい。
大学や行政の研究資料も増えており、淡水生物に関するテキストコンテンツは日々拡大を続けている。
 
・音楽(邦洋ロック ジャズ ゲーム音楽 DTM
90年代末期~00年代前半
ゲーム曲のコピーMIDIデータや、ゲームやサントラの紹介記事を漁っていたが、
当然ながら、今と比べてコンテンツの質量は乏しい。
ロックバンドはサニーデイサービスやブリットポップが好きだったが、ロックもジャズも、
ゲーム音楽ほど頑張ってテキストを漁った記憶が無いのでよく分からない。
私は00年代初期に自作曲のMIDIサイトをやっていたが、当時はまだDTMのノウハウ記事が
あまり存在していなかったと思う。
00年代後半~現在
ゲーム音楽に関しては、今ではYoutubeニコニコ動画で原曲を聴くことができるので、
昔のようにコピーMIDIデータを漁ることは無くなった。代わりに良いDTMerが大勢いるので、
彼らのオリジナル曲を聴いている。音楽はSNSが絵や小説ほど盛り上がらないのが難点。
ロックに関する記事も増えているし時々読むが、音楽誌のレベルに匹敵する記事にはなかなか出会えない。
 
ゲームに関しては、現在はゲームの紹介記事が増え、知っているゲームで検索すれば、
ほぼ確実に関連記事を読むことができるようになった。また、格ゲー勢やミカドをはじめ、
玄人の実況解説付きのプレイ動画をたくさん見ることができる。
 
・ミステリ(私の場合は古い海外ミステリがほとんど)
90年代末期~00年代前半
私は横溝やクリスティー以外あまり読んだことがない駆け出しの読者だった。
観測範囲がひどく狭かったので、当時の状況はよく分からない。
00年代後半~現在
ミステリの祭典や個人ブログを中心に、質の高いミステリ書評が増え続けている。
ただ、私が絶版海外ミステリを読むことが多いせいか、書評が存在しない作品もたくさんある。
読書ジャンルだけに語彙が豊かな書き手が多く、読み応えがある。
 
・雑談コミュニティ
90年代末期~00年代前半
私の雑談コミュニティの入り口は90年代末期のヤフー掲示板だったが、
その書き込み内容は今で言うガールズちゃんねるあたりとそれほど変わらなかったと思う。
(そう思うのは、自分がまだ若く、観測範囲が浅くて狭かったせいもあるだろう)
自アンのようなコミュニティでも、住民の大半はmatakimikaやcarl_bのような凡人だったが、
一部のネタ職人らはテキストサイトの連中とは一線を画す才能でネタ文章を作っていた。
クラスのリア充などの一般人をネタにする文章がたまに見られ、侍魂の健氏も勘違いした
一般人の典型例として何度かネタにされていた。私もそういう文章を書いていた一人だった。
00年代後半~現在
10年代に入って、某ふたばキャラの二次創作小説の書き手としてふたばの創作コミュニティに
関わることになったが、そこで濃いオタクたちと出会った。
カスガ氏のような知識や教養を持ったオタクが結構いて、彼らの話は面白かった。
ふたばの創作コミュニティもまた、テキストサイトとは一線を画す人たちの場所だった。
 
 
人口の増加やシステムの進歩に伴い、ネットのテキストコンテンツはどんどん濃くなっている。
「良かった昔」など、どこにも存在しない(おそらく自分が若くて楽しかっただけ)。